「1999年、夏、沖縄」の歌詞 Mr.Children
2000/8/9 リリース- 文字サイズ
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この楽曲へのみんなの気持ち
僕ぼくが初はじめて沖縄おきなわにいった時とき 何なんとなく物悲ものがなしく思おもえたのは
それがまるで日本にほんの縮図しゅくずであるかのように アメリカに囲かこまれていたからです
とはいえ94年きゅうじゅうよねん、夏なつの沖縄おきなわは Tティーシャツが体からだにへばりつくような暑あつさで
憂鬱ゆううつなことは全部夜ぜんぶよるの海うみに脱ぬぎ捨すてて 適当てきとうに二に、三発さんぱつの恋こいもしました
ミンミン ミンミンと蝉せみが鳴ないていたのは 歓喜かんきの歌うたかそれとも嘆なげきのブルースか
もはや知しるすべはないがあの蝉せみの声こえに似にたような 泣なき笑わらいの歌うたを奏かなで僕ぼくらは進すすむ
いろんな街まちを歩あるき いろんな人ひとに出会であい 口くちにしたさようならは数かずしれず
そして今想いまおもうことは 大胆だいたんにも想おもうことは
あぁ もっともっと誰だれかを愛あいしたい
酒さけの味あじを覚おぼえ始はじめてからは いろんなモノを飲のみ歩あるきもしました
そして世界一せかいいちのお酒さけを見みつけました それは必死ひっしで働はたらいた後あとの酒さけです
戦後せんごの日本にほんを支ささえた物ものの正体しょうたいが 何なんとなく透すけて見みえるこの頃ごろは
平和へいわとは自由じゆうとは何なにか 国家こっかとは家族かぞくとは何なにか 柄がらにもなく考かんがえたりもしています
生うまれた場所ばしょを離はなれ 夢ゆめからも遠とおくそれて あぁ僕ぼくはどこへ辿たどり着つくのだろう
今日きょうも電車でんしゃに揺ゆられ 車窓しゃそうに映うつる顔かおは
そうほんのちょっとくたびれているけれど
神かみは我等われらを救すくい賜たまうのでしょうか それとも科学かがくがそれに代かわるのでしょうか
永遠えいえんでありたいと思おもうのは野暮やぼでしょうか 全能ぜんのうでありたいと願ねがうのはエゴでしょうか
時ときの流ながれは速はやく もう三十さんじゅうなのだけれど あぁ僕ぼくに何なにが残のこせると言いうのだろう
変かわっていったモノと 今いまだ変かわらぬモノが
あぁ 良よくも悪わるくもいっぱいあるけれど
そして99年夏きゅうじゅうきゅうねんなつの沖縄おきなわで 取とりあえず僕ぼくらの旅たびもまた終おわり
愛あいする人ひとたちと 愛あいしてくれた人ひとたちと 世界一せかいいちの酒さけを飲のみ交かわしたのです
最後さいごの曲きょくが終おわり 音おとがなり止やんだ時とき あぁ僕ぼくはそこで何なにを思おもったのだろう
選えらんだ路みちとはいえ 時ときに険けわしくもあり
些細ささいな事ことで僕ぼくらは泣なき笑わらう
いろんな街まちを歩あるき いろんな人ひとに出会であう これからだってそれはそうなんだけど
そして今想いまおもうことは たった一ひとつ想おもうことは
あぁ いつかまたこの街まちで歌うたいたい
あぁ きっとまたあの街まちでも歌うたいたい
あぁ そして君きみにこの歌うたを聞きかせたい
それがまるで日本にほんの縮図しゅくずであるかのように アメリカに囲かこまれていたからです
とはいえ94年きゅうじゅうよねん、夏なつの沖縄おきなわは Tティーシャツが体からだにへばりつくような暑あつさで
憂鬱ゆううつなことは全部夜ぜんぶよるの海うみに脱ぬぎ捨すてて 適当てきとうに二に、三発さんぱつの恋こいもしました
ミンミン ミンミンと蝉せみが鳴ないていたのは 歓喜かんきの歌うたかそれとも嘆なげきのブルースか
もはや知しるすべはないがあの蝉せみの声こえに似にたような 泣なき笑わらいの歌うたを奏かなで僕ぼくらは進すすむ
いろんな街まちを歩あるき いろんな人ひとに出会であい 口くちにしたさようならは数かずしれず
そして今想いまおもうことは 大胆だいたんにも想おもうことは
あぁ もっともっと誰だれかを愛あいしたい
酒さけの味あじを覚おぼえ始はじめてからは いろんなモノを飲のみ歩あるきもしました
そして世界一せかいいちのお酒さけを見みつけました それは必死ひっしで働はたらいた後あとの酒さけです
戦後せんごの日本にほんを支ささえた物ものの正体しょうたいが 何なんとなく透すけて見みえるこの頃ごろは
平和へいわとは自由じゆうとは何なにか 国家こっかとは家族かぞくとは何なにか 柄がらにもなく考かんがえたりもしています
生うまれた場所ばしょを離はなれ 夢ゆめからも遠とおくそれて あぁ僕ぼくはどこへ辿たどり着つくのだろう
今日きょうも電車でんしゃに揺ゆられ 車窓しゃそうに映うつる顔かおは
そうほんのちょっとくたびれているけれど
神かみは我等われらを救すくい賜たまうのでしょうか それとも科学かがくがそれに代かわるのでしょうか
永遠えいえんでありたいと思おもうのは野暮やぼでしょうか 全能ぜんのうでありたいと願ねがうのはエゴでしょうか
時ときの流ながれは速はやく もう三十さんじゅうなのだけれど あぁ僕ぼくに何なにが残のこせると言いうのだろう
変かわっていったモノと 今いまだ変かわらぬモノが
あぁ 良よくも悪わるくもいっぱいあるけれど
そして99年夏きゅうじゅうきゅうねんなつの沖縄おきなわで 取とりあえず僕ぼくらの旅たびもまた終おわり
愛あいする人ひとたちと 愛あいしてくれた人ひとたちと 世界一せかいいちの酒さけを飲のみ交かわしたのです
最後さいごの曲きょくが終おわり 音おとがなり止やんだ時とき あぁ僕ぼくはそこで何なにを思おもったのだろう
選えらんだ路みちとはいえ 時ときに険けわしくもあり
些細ささいな事ことで僕ぼくらは泣なき笑わらう
いろんな街まちを歩あるき いろんな人ひとに出会であう これからだってそれはそうなんだけど
そして今想いまおもうことは たった一ひとつ想おもうことは
あぁ いつかまたこの街まちで歌うたいたい
あぁ きっとまたあの街まちでも歌うたいたい
あぁ そして君きみにこの歌うたを聞きかせたい